短歌入門部屋
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どなたでも短歌を自由にはじめられる初心者用の短歌入門部屋です。
(筆:黒路よしひろ)
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【短歌の基本10】
【本歌取り(ほんかどり)】
ここでは藤原定家が「詠歌大概(えいがのたいがい)」のなかで書き残してくれた、初心者向けの本歌取りの基本について簡単に紹介しておこうと思います。
まず定家は本歌取りするとき、本歌の五句のうち三句まで取るのはとり過ぎであるとしています。
たとえば鴨長明の「無名抄」には次のような逸話が伝わっています。
和歌所の歌合せで…
今来むと言ひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな (素性法師)
古今集に入っている素性法師のこの歌を本歌として…
今来んと妻や契りし長月の有明の月にを鹿鳴くなり
と詠んだ人がいました。
定家はこの歌を二句目「妻や契りし」と結句「を鹿鳴くなり」のわずか二句しか違っていないとして批判したそうです。
このような「取りすぎ」について「詠歌大概」では、二句を超えてとる場合はせいぜい二句プラス三、四字くらいまでが許容範囲で、それ以上取る場合は句の位置を置き換えて本歌の上の句を下の句にするなど作り改めるべきだと指摘しています。
次に定家は「同事を以って古歌の詞を詠ずるは、すこぶる念なきか」とも言っています。
これはつまり、本歌とする古歌と同じような主題や発想、場面や表現を用いて詠むのはよくないということです。
たとえば本歌が春夏秋冬の四季を主題にしているのであれば、本歌取りした歌はほかの主題、恋歌や雑歌などに詠み変えるべきだということです。
ほかにも前回の「掛詞と本歌取りについて」で述べたように、同時代人の歌は本歌取りするべきでないとも言っています。
もちろんこれらは、あくまでも初心者向けに書かれた基本であってひとつの例にすぎませんが…
実際、定家自身の和歌の中にもこれらの基本を逸脱した歌はたくさんあります。
ただ、字余り、字足らずなどと同じように例外を用いる場合にも基本をしっかりと学び意識した上で行うべきであるということでしょう。
これから本歌取りをしてみようという方は、これらのことを心の片隅において現代版「本歌取り」に挑戦してみてください。
【本説と本文】
和歌(短歌)から一部分の言葉と本意(イメージ)を借りてきて新たな歌を詠む「本歌取り」に対して、「源氏物語」などの物語、小説の筋や場面を歌に取り込み詠むことを「本説(ほんぜつ)を取る」と言います。
また漢詩文を歌に取り込むことを「本文(ほんもん)を取る」などとも言います。
どちらも現代でもよく行われる技法ですが、言葉自体はすでに死語と化しているようですね。
ただ、せっかくこのような歴史的な言葉があるのですから、テレビドラマや映画などの場面を歌に詠み込むときに、「本説(ほんぜつ)を取る」などと積極的に使ってみたいものです。
まあ、「本文(ほんもん)」のほうは漢詩文以外の詩(自由詩など)に適用するのは少し無理があるかもしれませんが^^;
以上、「本歌取り」や「本説・本文」については「京都冷泉家の八百年〜和歌の心を伝える(NHK出版)」という書籍を参考にさせていただきました。
本歌取りなどについてより詳しいことも紹介されていますので、機会があればぜひ一度読んでみてください。
平安和歌などについて、非常に勉強になると思います。
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