「日本とは何か」(書評集)
宿谷睦夫著

O「かくて歴史は始る」
渡部昇一著


O「かくて歴史は始る」

 時間が無い時でも、いつも行きつけの本屋の新刊コーナーだけは一通り見渡すことにしているが、この本もその店先で見つけてきたものである。発行日(平成四年十一月十日)よりも数日早く手にすることが出来た。
 著者・渡部昇一氏の専門は英語学である。渡部氏は常に人間の知性はインテレクトとインテリジェンスに大別され、時として前者を上位に置かれている。専門外の分野についてはとかくこのインテレクトの力に負うところが多く、しかも専門家よりも本質を見抜くことが出来る場合が多いとも言っておられる。
 渡部氏の著書に「日本史から見た日本人」(産業能率大学出版局刊)がある。これはベストセラーになった本であるが、歴史の専門家からも絶賛されているものである。
 その渡部氏が書かれた歴史ものの著書であることもあって、迷わず購入した。この著書も、渡部氏のインテレクトの力によって書き綴られたものと言って良いと思う。著者はそれを言葉を変えて、「数百年の歴史を虹を眺めるようにして、眺めて見た」と表現している。
 世界史に於ける近世の「白人」という異質な存在を理解する上で、シュペングラーの「西洋の没落」は他に見られない良書だとしている。
 コロンブス以来、この特異な「白人」はデカルトやニュートンといった思想家を産み、産業革命を起こし、フランス革命を起こし、アメリカを造り上げ、世界の非白人国を植民地化したという。そして、その白人極盛期(第一次世界大戦)以前にシュペングラーはこの本の構想を得ていたという。
 その時、シュペングラーの頭の中に日本と言う存在は強く意識されていなかっただろうと渡部氏は言う。しかし、その日本が科学文明や近代的制度を非白人にも拡がり得るものであることを実証し、有色人種でも白人に対抗し得るものであることを証明したというのである。
 本書は、まさに「世界史に於ける日本人の意味」を説き明かすものとして書き綴ったものである。自虐的になっている日本人を覚醒させるには時を得たものと思う。
 平成二年五月に、入江隆則氏が「グローバル・ヘレニズムの出現」(日本教文社)という本で、日本人で初めて(?)「世界が日本化する」という論証の試みがなされたが、本書はそれに続く労作と言っていいかもしれない。事実、アメリカ人の畏友・ボイエ・デイ・メンテ氏は「日本化するアリメカ」という著書を発刊し、彼がアメリカ人に日本の良さを取り入れるように勧告したこともあるが、デイ・メンテ氏はこの著書の中で大国・アメリカ自身が日本化していく様子を綴っている。
 そこで、本書の読み所を幾つか紹介してみたい。著者の歴史の捉え方の素晴らしさを満喫して戴けると思う。
 先ず、前述のように、日本人は今、世界で当然となっている「人種問題の解決の糸口を切り開いた」ということである。
 その第一にあげるべきものは、日露戦争の勝利であったという。これは有色人種が白人に勝利した最初の戦いであったという。しかも、この戦争を堺に世界史の流れが変わったのである。
 第二は、太平洋戦争である。この戦争はとかく日本が一方的に悪いように想いこまされてきたが、実は「アメリカが罠を仕掛けて日本を世界から抹殺しようと企んだ戦争」であったというのである。「戦争をしなければ、お前は死ね」というところまで追い込まれたため、日本は止むに止まれず突入して行ったのが、この戦争の実態であると論証されている。
 渡部氏のこの主張は、一九四八年にアメリカで出版されたアメリカ人・ヘレン・ミアーズ女史の「アメリカの鏡・日本」を読むと、それが正しいことが分かる。ミアーズ女史は、著書の冒頭で一八二一年七月四日のアメリカ独立記念日に、当時国務長官であったアメリカ六代大統領・アダムズの次の言葉を引用している。
 「アメリカがひとたびアメリカ以外の旗のもとに立つならば、よしんばそれが独立の旗印であれ、自由を装い僭称する戦い、即ち権益と策謀、私的な貪欲、妬み、野望の戦いに引き込まれざるを得ないだろう」
 アメリカが参戦する引き金になった「満州国独立運動」は日本が仕掛けたものではなく、満州国民の自発的運動を日本は支援したものであるとミアーズ女史氏は著書で証言しているのである。
 太平洋戦争における日本の戦争はアジアの開放にあったことを、当時の記録を基に論証している。
 十九世紀のイギリスの詩人・ロバート・ブラウニングの詩に「時は春/日は朝/朝は七時/片岡に露満ちて/揚雲雀名乗り出で/蝸牛枝に這い/神、空にしろしめす/全て世は事もなし」というのがあるが、当時の西欧あるいはアメリカの白人の気分を最も良く表している詩だという。そのように、日本が日露戦争に勝たなければ、彼等にとって、「全て世は事もなし」だったのであるという。
 しかし、日露戦争によって、コロンブス以来の歴史の流れは別の方へ変わり始めた。ヨーロッパ諸国はロシアに勝った日本を見て、日本を征服したり、日本と戦ったりしようという発想は消え、共存しようという方向に向って行った。ヨーロッパを代表するイギリスは十九〇二年に日英同盟を結んでいたが、日露戦争後、それはさらに強化された。ところが、白人優位主義に本質的に危機を感じ、日本をこのまま放置しておけないと決心して、日本を潰すことによって歴史の流れを昔に戻そうと考えたのがアメリカだったというわけである。
 湾岸戦争の時も、イラクのフセインはアメリカの罠に嵌ったという説もある。その一人にスタンホード大学フーバー研究所特別研究員・松原久子氏は「アメリカは戦争を望んでいた」(文芸春秋・平成三年四月号)と証言している。また、関西大学名誉教授・谷沢栄一氏も「日本を叱る」(講談社)で同様の見解を表明している。
 アメリカはシュペングラーの論理を適用すれば、西欧のフースト的精神、即ち無限空間に対する憧れと、その征服欲を最も明瞭に発揮した国家であったという。
 前述のアメリカ六代大統領・アダムズも同文の最後に「アメリカは世界の独裁者になり、もはや自らの精神の統御者たり得ないであろう」と述べている。
 この太平洋戦争はアメリカが日本に仕掛けた罠であったが、その原因には次の四つがあったというのである。
 第一は、アメリカの人種偏見と西進政策から来た対日敵視政策、またそれに関連しての日英同盟の廃止、第二は、日本の経済を危機に追いやったアメリカ・イギリスのブロック経済への突入、第三は、北から迫るソ連共産主義の脅威、第四は、明治憲法の欠陥があったという。
 勿論、これからの日米関係でのこの「悪夢」が再来することは有り得ないという。人種偏見は世界的に当然有り得ない時代になったし、世界がボーダレスになって行くことはあっても、ブロック化していく可能性はなく、ソ連の崩壊によって共産主義の危険性もなくなったという。一部のアメリカ人の中に、日本を嫌悪するリヴィジョニストがいたとしても、それらの罠を日本人は次々にクリアしてきたのだ。しかし、日米が友好であるから、摩擦もあり得ると言う。日本とソ連の貿易摩擦ということは聞いたことがないからだという。
 かかる経緯で勃発した太平洋戦争は、最終的に敗戦となったが、この戦争によって、アジアの人々は抵抗することの出来ないと思ってきた欧米人から次々と独立していったのである。
 「アジアの近隣諸国は日本に警戒心を持っている」とよく言われる。しかし、「アジアの近隣諸国の心情は決して反日的ではない」というのが有識者から一様に聞かれる意見である。前述の入江氏だけでなく、「それでも日本だけが繁栄する」(光文社)の著者・黄文雄氏(台湾)も同意見である。
 


 黄氏は田中角栄首相がアジアを訪問した時の反日運動は日本の進出を恐れた華僑のやらせであったと証言する。
 本書の読み所の第三は、ノーベル賞を凌ぐような優秀な人物の出現を挙げている所である。北里柴三郎、野口英世、木村栄(一八七〇〜一九四三)等は人種偏見によってノーベル賞を貰うに至らなかったがこのような人物が有色人種の中から登場してきたことを挙げている。
 この日本人の優秀性はどこから生まれてきたのだろうか。色々あげることが出来るというが、著者のご指摘する特色は三つある。それは、@自信とAイメージ力、そして、神話から来る日本人のB労働観であるという。
 日本人は海外からいくら素晴らしいものが入って来ても、驚き恐れることが無かったという。いずれ、自分にも出来ると考える@「自信」があったのである。そこで、随・唐以来の留学制度は日本のお家芸になり、諸外国はそれに見習うことになったという。
 過去にノーベル賞を凌ぐような優秀な人物がいただけでなく、日本人には優れたA「イメージ力」が備わっているという。日本人は世界の真似ばかりしているとよく言われる。しかし、アメリカの「ビジネス・ウイーク」の統計によると、当時での特許出願数は日本がトップになっていたという。特許権侵害で訴訟ざたになっているのは、もう二十年以上も前のものであり、いずれこのトラブルも消えていくという。
 さらに、日本人には労働に対する感覚が欧米と全く違っているという。欧米人の信ずる聖書には、「人は罪を犯すことによって労働をしなければならなくなった」と記されているのに対して、日本人の神話・古事記には「神も労働をしていた」と書かれており、B「労働は神聖なもの」という感覚があるという。このように、日本人の培ってきた文化はいずれ世界の模範となり、日本は世界の師となっていくであろうと予言される。
 世界が和合していく上で、一番問題になるのは宗教である。しかし、これに関しても日本人はどの宗教も相対化出来ると言う不思議な包容力を持っているという。これは、入江隆則氏や黄文雄氏も同様に指摘するところであるが、渡部氏は「石門心学」の創始者・石田梅岩(一六八五〜一七四四)の考えを高く評価している。
 心学では「各人みな心を持っているのだから、その心を磨くのが大事である。磨くための手段としては、心を高める宗教ならば、神道だろうが、仏教だろうが、儒教だろうが何でも良い」として、宗教よりも心を上位に置き、宗教を相対化したという。
 「宗教の相対化」に於いては、入江氏は北畠親房を取り上げており、堺屋太一氏は著書「日本とは何か」(講談社)の中で、聖徳太子がその基礎を築いたと論及している。いずれにしても、日本人が宗教を歴史的に相対化してきたという論拠は共通している。海外の事例を取り上げれば、インドのラーマ・クリシュナがいる。クリシュナは自分が神と通じる道として宗教を捉えた。そして、ヒンズー教、回教、キリスト教の其々が説く、神と通じる道を実践して、其々が説く神に到達した人である。
 本書の読み所の第四は、歴史的パラドックスについて触れる必要があろうかと思う。アメリカの経済学者であり、思想家のP・F・ドラッカーは、著書「新しい現実」(ダイヤモンド社)の中で、「日本は第二次世界大戦において、軍事的に敗北したが、その後の推移では、政治的に敗北したのは西洋であった」と分析しているという。
前述したが、アメリカが日本をアメリカ化していこうとしたそもそもの歴史は、1854年ペリーが黒船を率いて来航し、3月には神奈川条約(日米和親条約)が調印した時に始ると説く人もいる、アメリカの畏友・ボイエ・ディメンテ氏である。しかし、多くの人の目には、この年は日米関係の始まりの年としか映らなかったでしょうが、著者は「両国の役割が事実上逆転することになる始まりでもあった」と見ているのである。
 歴史的パラドックスは此れだけではないという。アメリカ独立戦争(一七七五年)によって、植民地を失ったイギリスは苦境のどん底に突き落とされた。しかし、それから五〇年後、イギリスの真の意味での繁栄が始ったという。十八世紀には産業革命が起こり、ビクトリア女王が即位し(一八三七年)、イギリスは世界経済をその手中に収めたのである。
 日本の場合にも言及している。「これが世の終わりか」と誰しも思った時が、後から見れば幸運の始まりだったということが、幾度となく起きているという。
 その最も目覚しい例は、承久の乱(一二二一年)である。この乱は、後鳥羽上皇が鎌倉幕府の執権(北条義時)の権力を憎んで起こした乱であったが、鎮圧後は、首謀者の後鳥羽上皇を隠岐ノ島に、順徳天皇を佐渡島に、土御門上皇を土佐に流した。この当時は祟りを恐れていた時代であった。
 天皇を島流しにするなど、考えられないことであった。現に、院政の頃の保元の乱で讃岐の松山に流された祟徳上皇は「自分は日本国の魔王とならん」と言って皇室を呪った。祟徳上皇の死僅か二十年後(一一八五年)、祟徳上皇を流した側の平家は、壇ノ浦で滅び、幼い安徳天皇はそこで亡くなったのである。現職の天皇が、戦場でなくなるというようなことは、当時の人々には、祟徳上皇の祟りとしか思わなかったのだろう。しかし、この時、北条氏が日本人に示したのは、「祟りを恐れない」という「新時代の精神」であった。しかも、ここで、また歴史的パラドックスが起こったのである。承久の乱(一二二一年)から五十三年後の一二七四年、蒙古の大軍が襲ってきたのである。神風が吹いて勝利したように言われているが、神風は、執権・北条時宗が率いる日本軍の奮戦があったからだという。承久の乱(一二二一年)後に、北条氏が、天皇や上皇に厳しい罰を与えていなかったら、日本軍のあれほどの奮戦はあり得ず、蒙古軍は日本に上陸していた可能性があったという。そして、皇室の運命も消滅の可能性がなかった訳ではないともいう。
 入江氏も北畠親房を高く評価した点に同様な理由を上げている。陽成天皇が「性悪ニシテ主ノ器ニタラミエ給フ」という理由で、摂政・藤原基経が「廃立ノコトヲサダメラレ」たのも、至極当然とし、主君の特性・器量について進言することを潔しとしたという。皇室に対する冒涜と思われることが許される社会制度であっても、それが結果的に皇室の永続になり、前述した如く、「後から見れば幸運の始まり」となってきたのである。日本はこのようにして、パラドックスの連続の上に今後、少なく見積もっても二五〇年は繁栄し続けていくであろうというのが、渡部氏が歴史を虹を眺めるようにして、眺めて得た結論であるという。
(渡部昇一著・クレスト社・一八〇〇円)

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